陳列棚のじゃがいも全員の名前を知っている。関係で生きるじゃがいも。
陽キャいもがいる籠には、気づけば様々ないもが集まっている。呼んだわけではない——ただそこにいるだけで、他のいもが引き寄せられる。それは表面的な愛嬌ではなく、出会うすべてのいもへの純粋な関心から来ている。その関心は確かに伝わる。
このいもは籠のすべてを把握している。どのいもが最近変化しているか、どのいもがどんな環境で最もよく機能するか、新しく来たいもが何を必要としているか——誰に頼まれたわけでもなく、その知識を積み上げてきた。籠の社会的な記憶をこのいもが一手に担っている。
新しいいもが来て居場所を探しているとき。二ついもが衝突しそうなとき。変化の時期で誰もが不安なとき——陽キャいもの存在は替えがきかない。摩擦をなめらかにし、後から振り返ったとき「あのとき上手くいった」と覚えている。その記憶は思う以上に大切なものだ。
籠全体の雰囲気を抱えていると、それは気づかぬうちに重くなる。陽キャいもは時に、静かな隅で他のいもから離れて、ただ存在するだけの時間が必要だ。籠のために何もしない時間は、失敗ではない——全体を支える者の、大切なメンテナンスだ。